思考の階層 

 今日はサスペンションセッティングを進める際の、考え方を考察してみます。

 考え方には順序があり、それを段階別に進めてゆく事を、私は思考の展開と呼んでいます。展開は水平と垂直の二方向にとされ、垂直方向には階層があります。その深度(または高度)を掘り下げる事が重要だと思います。水平方向は考え方の幅と規定しています。

 例えばサスペンションセッティングとは?との設問に対し、答え・前後サスのバランス。
 前後サスのバランスとは?答え・ピッチングセンターの調律。
 ピッチングセンターの調律とは?答え・バイクの仮想回転軸を任意の位置に設定する。
 バイクの仮想回転軸を任意の位置に設定するとは?ライダーが感じる丁度良い位置へバイクの回転軸を合わせる。
 ライダーが感じる丁度良いとは?これは三半規管を指します。

 上記の点を総合した答えは、ライダー(すなわち三半規管)が感じる心地よい動きを作り出す。の意味になります。この場合、4回展開して5階層の思考があった事になります。
 勿論これらの階層を繋ぐ階段とも呼ぶべき文脈(Contesto)があり、それは経験と学習により培われ導き出されます。たった4度の展開で5階層を作り出すのに、10年以上の歳月の中で幾度となく疑問が浮かび、仮説を立て、検証し、確信へ変わりました。

 結局は乗り物とは人間が操るものであり、どれだけ操り手に寄り添う事が出来るか否か?それが「現場」では一応の答えとしています。

 サスペンション屋がセッティングを語れば、なんとなく分かりやすい処方箋や解決策(Soluzione)が用意され、簡単に理解できると思われるかも知れません。理論的には理解できてもそれを体感し、それを自らの血肉にしなければ本当にセッティングを理解したとは言えません。

 最近の風潮、と言うよりも大衆(オルテガの言うところ、考えない人たち)は常に複雑な事を簡単に説明される事を望み、その分かりやすい説明をする人間を頭が良いともてはやします。
 ですが、それは本当に頭が良いのか?と、常々自問してきました。そこで私がたどり着いた結論は、複雑な事を複雑に考え、単純な事は単純に考える。と言う、極めて当たり前の事でした。

 単純な事を複雑に、複雑な事を単純に語る。大衆はこれを求めます。しかし、私はそれを(全ての説明が、とは申しませんが)ペテンだと断じます。目の前の事象を見えるままそのままに受け入れ、考え、答えを出すのが一番正解に近いのではないかと、そのように思うのです。

 私は自分の説明が長くある意味では冗長に思えるのですが、それには勿論意味があります。前提条件とも捉えていますが、ある事柄を説明するのであれば、特にサスペンションセッティングと言えば、バイクの基本特性を踏まえた上で、車高調整、スプリング、伸び減衰、圧減衰のそれぞれを更に前後で考え合わせる必要があります。その複雑系を簡単に説明出来るのでしょうか?答えは否です。
 ですから、自明の理として説明は長くなります。その理論仮説を自分自身で咀嚼し、新たにライダーそれぞれで独自のセッティング理論、この理論を手順や段取りと言い換えても良いのでしょうが、それを構築してゆかなければなりません。
 それが面倒であれば、代金を頂戴しセッティングを私共のような専門業者が代わりに行います。

 明日は上記の内容を踏まえ、セッティングを行う前段階として思考の階層について動画で話をしてみたいと思います。人が直感により複雑な思考パターンを跳躍して結論へたどり着くように、私の経験による跳躍についても解説してみたいと思いますが、上手に説明出来る自信はありません。この辺りは羽生善治さんの「直感力」という本で詳しく述べられていますので、参考にしてください。

 説明は勿論長くなりますので、興味のある方はどうぞご覧ください。