二輪車の基礎工学を学ぶ(主にタイア編)
動画でタイアに関する内容が人気だったので、サスペンションとも密接に関係している事もあり、私自身の好奇心も手伝い、この分野をもう少し掘り下げて見ようかと考えました。
以下の内容をまとめた動画もありますので、そちらもお楽しみ下さい。
摩擦の種類
1粘着摩擦
これは一般的な理解に近い摩擦です。接地面ではゴムが引き伸ばされ路面との間で滑りが生じます。ソフトコンパウンドのタイアのグリップが高いのはこの粘着摩擦を高める事で最大グリップを稼いでいると考えられます。
2ヒステリシス摩擦
やや科学的な内容のため、理解が難しいと思います。ヒステリシスとはすごく簡単に言うと「行きと帰りで違う形状の波形になる」と言うことです。
現実的なタイアの変形に例えると、ある一定の力が加わった際に(例えば1Kg/cm2)タイアが潰れるのに1秒かかったとします。その力が取り除かれもとに戻るのに2秒かかる場合ではグラフの波形が異なる形になるのは想像に易いでしょう。これが基本的なヒステリシスの定義です。
荷重、抜重による変形で路面との間ではビビリ(振動)が発生し熱を伴います。
滑らせようとする力が熱に変換され、その結果、滑らずにグリップしていると考えられます。
これは機械摩擦と呼ばれ、オフロードのブロックタイアが土に食い込んでグリップを発揮する現象が正にそれです。
アスファルトに置いては1と2でグリップを生み出します。3は無関係なので溝のパタンではグリップは変化しません。もちろん溝が大小(シーランド比やネガティブ比と呼ばれます)が最大ブリップに影響するものの、溝の形状により路面へ更に食いつく。と異様な事はありません。
旋回の力を分解する
二輪車のタイア形状は中央部の背が高く(外形が大きい)、端にへ向かって背が低く(外形が小さく)なります。この事からバイクが倒れる=キャンバアングルが付くと内向性が高まります。これが旋回の力キャンバスラストとなります。これは体感としても理解しやすい「バイクは深く寝かせるほうが曲がる」理由の一つです。
キャンバスラスト(バンクにより曲がる力)はタイアプロファイル(形状)、ケーシング剛性とグリップ力で決まります。タイアプロファイルとは尖っているか平らな形状か、などです。前者は曲がりやすく、後者は逆となります。ケーシング剛性は高ければ旋回力が高い。グリップ力も高ければ旋回力が高まります。ケーシング剛性は後に説明するオーバー・ターニング・モメントにも関係します。
キャンバアングルが小さい範囲では比例してキャンバスラストが高まりますが、ある点を超えると頭打ちとなり、比例関係が崩れます。倒しただけでは曲がらない状態となります。そこで別の旋回力が必要となります。それが次の力です。
タイアは旋回中に横方向の力が加わり、サイドウォールが変形します。それによりホイール(変形しないという意味でタイアの真の向き)の向きと車両の進行方向にはズレが生じます。このズレの事をスリップアングルと呼び、コーナリングフォースという曲がる力となります。
コーナリングフォースはスリップアングルが10数度で天を迎え、徐々に旋回力は下降します。その原因は以下の3つです。
①タイアグリップの限界 ②接地面の部分的な滑り ③ねじりが大きくなると接地状態が不均一となりグリップ力が下がる。
スリックタイアはグリップが高く、トレッド剛性も高いのでコーナリングフォースが高いために、旋回力が高いのです。
前後タイアの形状とジオメトリによる違い
フロントタイアは操舵角(ハンドルの切れ角)が一定でもバンク角が深まるに連れ、旋回力が高まります。バンクによるコーナリングフォースに見合ったスリップアングルが稼げます。
対してリアはそのままではコーナリングフォースが頭打ちになるため、リアは軌跡を外側へ移してスリップアングルを稼がなくてはなりません。
ゆっくり走りながらバイクを倒してゆくと感じ取れますが、低い速度でバンク角が浅いとき、前後タイアの軌跡(タイアの走る線)はフロントの旋回半径が大きく、リアのそれは小さいのですが、この主たる原因は操舵軸(舵)が前輪にあるからです。
逆にリアに操舵軸を持つ車両(たとえばフォークリフト等)はリアの旋回半径が大きくなります。
あるコーナーで一定の速度でバンク角を徐々に深めてゆくと、前後タイアの軌跡が徐々に移り変わるのを体感出来ます。
浅いバンク角ではフロントが外を回り、徐々に変化し前後タイアが同一線上をはしり、更にバンク角が深くなるとリアが大きく回る様になります。
これは二輪車の基本的な特性です。つまり二輪車の基本特性はアンダーステアから始まりバンクが深まるに連れオーバーステアになる。という訳です。
タイアの接地点
面で接地しているタイアだが、その接地面はどこに存在するのか。加速(加速旋回を含め)タイア中心の後方にあります。バイクを倒した旋回加速中はタイア後方の内側となります。面で接地している力は集約できますがその一点の事を着力点と呼びます。
この着力点は重心に似ています。重量はその中心となる点に集約出来ますが、着力点はそれと同じです。
旋回と加速による横Gと加速で変形したタイアは元の形状に戻ろうとします。この戻ろうとする力をセルフ・アライニング・トルクと呼びます。
タイア本来の中心から着力点(両者のズレ)までをニューマチック・トレールと呼びますが、この距離はタイアの変形で生み出されています。
当然ゴムがネジラれて生み出された力(セルフ・アライニング・トルク)は元の形状に戻ろうとします。これがハンドルから感じる操舵力となり手応えの正体です。
空気圧での変化
タイアの空気圧は協会の規格書を読めば数値が書いてあります。それは規格で保証された数字であり、それ以上の事も在るでしょうが、最低限この数値は担保しているという意味です。
空気圧を高めると何が起こるのか?
1燃費が改善します。
しかし実際に試した限りではそれほど大きな改善には繋がりませんでした。規定圧がF2.5K R2.9Kの車両で規定値、前後2.4K、前後2.2K等試したのですが、1L当たり1Kmも変化しませんでした。車両は自己所有のBT1100です。
では他に何が起こるのか、です。
2楽し込みが軽くなる。
タイア形状が同一であれば空気圧で倒し込みの印象が変わります。空気圧が高いと剛性が上がりタイアの変形が抑えられます。これにより前述のコーナリングフォースが高まり、旋回性が高くなります。と同時にオーバ・ターニング・モメントが小さいので車両は起き上がろうとする力が弱まり、倒れやすい傾向になります。
補足説明 オーバ・ターニング・モメント
タイアが仮に線のように細ければバイクはどんどん倒れます。しかし実際のタイアは幅があり、倒れる程に接地点がコーナー内側へ寄ってゆきます。これにより重心と接地点にズレが生じます。これが車両を起こそうとする力=オーバ・ターニング・モメントの要因です。
詳細はもっと複雑で路面からの反作用などがありますが、私にその説明能力がないため、ここでは省略します。
空気圧を下げると何が起こるのか?
一般的に空気圧を下げてグリップ力を稼ぐ。といった事を目にしますが、私はそういった理由で空気圧を調整していません。それでは何を根拠に空気圧の調整を図るのか?となりますが、それは以下の理由からです。
1乗り心地を重視しているから
前述の通り空気圧では燃費は劇的に変化しません。それならば乗り心地を良くしたほうが効果的だと考えています。メーカー純正の空気圧は乗り心地の面では良いとは言えず、大抵の場合、下げる傾向にあります。
これも先程紹介した規格書に在る範囲で問題が無いことを確認しています。空気圧の増減で最大荷重は変化しますが、ならば規格にある数値よりも最大荷重(積載や速度)が低ければ、空気圧は低くても問題が無いのです。
2グリップ力が高まる
先ほどと違い矛盾した事を言うようですが、接地面が増えてグリップが高まると言うわけではありません。空気圧を下げることにより、路面の凹凸をサスペンションだけでなくタイアも柔軟に吸収します。タイアがグリップを発揮するための絶対条件は一つ、それは「路面とタイアが接している」に着きます。
小さな範囲でも路面とタイアは隙間が生まれています。タイアが跳ねないようにサスを調整して柔軟に対応させるのが私の仕事でもありますが、サスだけでなくタイアにもその仕事を積極的に負わせます。もちろん下げれば下げるほど良い訳ではなく、適切な圧があります。
3自分の感覚に合わせる
空気圧を下げる場合だけに限りませんが、最大グリップを極端に負う必要が無ければ、自分の感覚にあった動きになるよう調整するほうが楽しく乗れるし、それが安全にも結びつきます。とい訳でほとんどの場合で私は規定圧よりも低めに設定していますが、お客様の中ではほぼ純正のまま乗る方もいます。ですからこれは危険な範囲でなければ好みで選べば良いと思います。
追加説明
空気圧が低いとタイアの変形が顕著になり、接地面が広がり車両が起きやすくなります。これはオーバ・ターニング・モメントの強くなっているからです。
という訳で長くなりましたが、タイアの基本を書籍と経験の両面から紹介しました。
参考文献
タイヤの科学とライディングの極意
⚠私の誤解による間違いもあるかもしれませんので、切掛程度にし、文献や一次情報の確認をしてから活用して下さい。
2 Comments
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[…] 以前にタイアがグリップを発揮するために必要な2つのグリップについて話をしました。そこでヒステリシスについて触れました。 […]
[…] 以前にもブログに取り上げとりますので、興味のある方はこちら記事ご覧ください。動画もあります。 […]